僕は死ぬように生きていたくはない

自分のこと。音楽のこと。保育のこと。タスク管理のことetc.

物との思い出話。マスターピースのリュックと3.11。

断捨離の一環で始めたメルカリ。

手元にある物を減らすためのはずだったのに、ついついメルカリで物を増やしてしまってます。

そんなメルカリでマスターピースのリュックを買ったらふと思い出した話。

今回買ったリュックと同じ型の物を7年ぐらい前に愛用してたんです。
とても背負い心地が良く、見た目も細身でスタイリッシュで通勤はもちろんプライベートでも良く使っていました。

7年ぐらい前。。。そう、


2011年3月11日。
東日本大震災


震災の時にこれと同じ型のマスターピースのリュックを使ってたんです。

震災当時、宮城県に住んでいました。

幸い自宅のアパートは倒壊は免れたのの、ライフラインは完全にストップ。
食料もなかなか手に入らず、一週間近く避難所に通っていました。
その時、このリュックに本当に助けられました。

いつ余震が来て、いつどうなるか分からない状態。
リュックにあれもこれもたくさん詰め込んで、まさに肌身離さず常に背負って行動していました。
財布やケータイ、着替えはもちろん、

避難所に行ってもらったおにぎりに乾パン。

家に辛うじてあったお菓子にコンビニで買ったぬるいコーラ。
(当時は水やスポーツ飲料がいち早く売れてコーラやサイダー等の炭酸飲料だけしか買えなかった)
持てる物、リュックに入る物は何でも入れていました。

このリュックを背負って職場から自宅までをヒッチハイクもしました。3日間ぐらい。

そんな中には、わざわざ遠回りしてまでして自分の職場の近くまで乗せてせてくれたトラックの運転手のおじさんもいました。
(誰もがガソリンが手に入らなくて困っていた時なのにも関わらず!!)
そのおじさんは、乗せてくれたお礼にと渡した菓子パンを、
「俺は昔、地震の揺れでトラックが脱輪した事があって、通りすがりの人達に助けられたことがあったんだ。あんたを乗せたのはその時の恩返しと思って乗せただけだからお礼はいらないよ。がんばんなね。」
と言って頑として受け取ってくれませんでした。

またある時には、職場からの帰り、トイレを借りようと(その地域は水道が復旧していたので)立ち寄った居酒屋でのこと。
快くトイレを貸してくれた店主のおじさんが、
食べさせる物はないけれど、料理ならできるぞといって、自分のリュックに入っていた即席ラーメンを調理してごちそうしてくれました。

スープと麺。それに乾燥わけぎを入った即席ラーメン。

今まで食べたどんなラーメンより美味しくて、泣きながら食べたのを憶えています。

色々な荷物と様々な思いをたくさん詰め込んだリュックは無理をしたせいで、震災の後、一年もしないで壊れてしまいました。


それ以来、すっかり忘れていたマスターピースのリュック。
それと同じ型が出品されていたのを見つけたんです。
その瞬間、取引ボタンをタップしていました。


約7年ぶりに使うリュックは相変わらず素敵な背負い心地です。
重い荷物をたくさん入れても重さを感じません。

このリュックを背負う度に、思い出すのは震災の辛かったり悲しかった思い出より、

あの時、助けてくれた優しい人との心あたたまる思い出なんですよね。

また、このマスターピースのリュックと素敵な経験を共にできたらいいなと思います。

また、マスターピースのこのリュックに出会えて良かった。


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※ちなみにこのリュックと同じ型はもう生産されていないようです。