僕は死ぬように生きていたくはない

自分のこと。音楽のこと。保育のこと。タスク管理のことetc.

本質ってなに?

最近、職場の上司に本質について話をよくされる。

本質ってなんなの。

本質を理解してないから仕事ができないとか、
本質を考えないから場当たり的な保育になるだとか。

でもその話の中にでてくる本質は誰のためのものなのか。
ちょっと疑問が残る。

園のため?
建前?
保護者のため?

本当は子どものためだよね。
そうじゃなきゃいけないのに。

本質って言えばなでもいいわけじゃないでしょう。

本質という言葉のせいで、
保育士として、
人としての本質が見えなくなってきてる。

自分のみようとしているものが、
本当に本質なんだろうか。

信じてきたものも疑わしくなってきてる。

もうホント、モヤモヤする。

空っぽの空。

立ち止まってる。
夢なんてみてない。
なんにもない空をみてる。

このままこのままが続けばいい。
それだけが望み。
前に進みたいと思えない。

明日なんかなくていい。
死んでやる。
そんなことをふと考えてみる。
でもそんなこと絶対できやしないし、
明日はどうせやってくる。
そう考えてどこかでホッとしている。

本気になれるものがない。
本気でそう思ってるわけじゃない。
それすら中途半端。
中途半端に慣れすぎて、
完璧なんて絶対に有り得ない。
確信してる。そこに半端はない。

思考停止。それが救い。
思考停止したい。

ネガティブとポジティブ。
どっちが本当の自分。
その質問本当に飽きた。
どっちなら納得するの。

眠りから冷めて、
これが全部夢だったら。
夢だったら。
救われるのに。
現実は何も救ってくれない。

立ち止まってる
夢なんてみてない。
なんにもない空をみてる。

大きめな器が欲しい。

自分の器は小さいと思う。

誰かの度量の広さを見て、

(それに比べてどうせ自分は・・・。)

そう思って卑屈になっている時点で器の大きさなんてたかが知れいている。
小さい器。その中に入っている(と思われる)ものを大事に、大事にしている。

問題なのは器の中身が見えないことだ。

あるのかもわからない。

もしも中身を覗いて見た時に、空っぽだったら・・・
その後の自分は平静を保てる気がしない。

大きめな器が欲しい。

はじめはそう思ったけれど、

問題は器よりも中身なのかもね。


我ながら中身のない話だ。

Amazonプライムミュージックで見つけたいい曲。


和訳♪ Fight Song/Rachel Platten(ファイト ソング/レイチェル プラッテン)

1ヵ月ぐらい前からAmazonプライムミュージックで音楽を聴いてます。
洋楽を垂れ流すように聴いてます。
あたりまえだけれど、
洋楽にもいい曲は沢山あるんですね。
最近聴いていいなと思ったのはこのファイトソング。

自分なんて、何かに戦っているわけじゃないけど。

元気がでる曲だと思う。

誰かのためだけに生きるのやめた。

誰かのために生きなさい。

そう教わって生きてきた。
確かにその通りだと思う。

でもそれだけじゃ嫌だ。

自分のためにだって生きていいじゃないか。

最近そう思う。ようやくそれを口にできるようになってきた。

昔はそう思うこともいけないことだと思ってたから。

自分のこともっと大事にしよう。

誰かのためだけに生きていたって楽しくない。
幸せになれない。

自己満足だっていいじゃないか。
わがままだっていいじゃないか。

そう思うぐらいが自分はちょうどいいんだ。きっと。

ブログのデザインを変えました。

ブログのデザインを変えました。

何かを変えたかったから。

自分で変えられることが自分の周りにはそんなになくて。
と、いうか変える気力がなくて。
手っ取り早く変えれるものがブログだった。

そんな感じ。

ここから何か変わるかもしれない。
ここから何かを変えていけるかもしれない。
そんな期待を込めて。

僕は死ぬように生きていたくない。

死にたいとは思わないけれど、
死んでもいいかななんてふと思う自分を鼓舞したい。

変えられるものを変えられる勇気が欲しいです。

『頑張ったね』って言われたい。

ドラマの人は見た目が100パーセント。

最終回を観た。

その中で、

色々あって、恋を諦めた桐谷美玲水川あさみ(役名が思い出せない)に、

『頑張ったね』

って言いながら抱擁する場面があった。

ドラマ自体、毎週、妻が観ている横でなんとなく観ているだけだったから、
詳しい内容は分からない。
最終回も前半部分は観ていなかったんだけれど、その場面のそのセリフが自分の琴線に触れ、思わず泣いてしまった。

『頑張ったね』

自分もいい歳になってきていて、最近ではそんな言葉を言われることがほとんどなくなってしまった。

でも、本当に言われたい言葉って小難しい言葉なんかじゃなくて、

『頑張ったね』

だったり、

『頑張ってるね』

みたいな言葉なんだよね。

褒められたいわけじゃなく、
讃えられたいわけでもなく、

ただ認めて欲しい。

それだけなんだと。
それがあるだけで人って結構、頑張れる。
そんなもんなんだと思う。


でも、いい歳になってしまったので、やっぱり自分にそんな言葉をかけてくれる人はそうそうはいない。悲しいけれど。

だからせめて、いい歳になったからこそ、
ちゃんと頑張っている人には、

『頑張ったね』、『頑張ってるね』

と、きちんと伝えてあげたい。

そんなことをドラマを観て思った。

妻に隠れてこっそりと泣きながら。